適応障害からうつ病になりました
SE(システムエンジニア)として働き出し、3年程で適応障害と診断されました。
その後、1年ちょっとでうつ病と診断され、社会人生活5年目で休職し、退職。
心療内科に行くことになったきっかけや、適応障害になったとき、うつ病になったときの状況を話していきたいと思います。
今、適応障害やうつ病、その他のメンタル疾患で悩んでいる方に「そういう人もいるんだ」「自分だけじゃなかったんだ」と少しでも安心してもらえればと思います。
ちなみに、今は仕事から離れて元気に穏やかに暮らせています!
(まだ通院と服薬が必要ですが・・・)
始まりは不眠症と自律神経失調症
社会人になって3年程で適応障害だと診断されましたが、実はかなり前から心療内科に通っていました。
心療内科に行ったきっかけは不眠症です。
もともと寝付きが良くないタイプでしたが、社会人生活をしていくうちに夜の4時くらいまで寝れなくて、朝は7時に起きて会社に行く・・・という生活になりました。
睡眠が3時間ではもちろん足りず、いろいろなことがしんどくなって心療内科を受診。
(初めて心療内科を受診した時のことは別の記事にまとめます。)
心療内科で抗不安剤と睡眠導入剤をもらい、なんとかして眠れるようにはなりました。
しかし、日常生活や仕事において様々な体調のプチトラブルが頻発するようになり、心療内科から「自律神経失調」だと診断されました。
産婦人科、歯医者、整骨院、眼科、どんな科に言っても自律神経や免疫力、疲れと言われる始末で、良い睡眠食事、適度な運動を心がけ、ストレスを溜めないようにと言われ続けました。
そうして体や脳をだましだましで生活を続け、3年目には適応障害、その後1年でうつ病になることに。
適応障害になったとき
適応障害はまわりの環境に適応できずに、しんどくなってしまう病気です。
実家を出て友達もいない土地で仕事をしていましたが、そこが合わないのだろうということになりました。
病院では「部署異動」や「休職」、最悪の場合には「退職」や「転職」を進められましたが、今までお世話になった上司に申し訳なく、それらの行動には移せませんでした。
システムエンジニアなので、夜間にシステム障害が発生したときには駆けつけないといけません。
しかし、私は睡眠導入剤を飲んでいるので起きることができません。
そのこともあったので、薬を飲んでいること、心療内科に通っていること、適応障害と診断されたことを上司と管轄の管理職に相談しました。
上司と管理職の方は親身になって話を聞いてくれ、フォローできることがあれば協力すると言ってくれました。
私はその言葉に泣きながら安心して、もうちょっとこの会社で頑張ろうと思いました。
それから1年、繁忙期も乗り越え、しんどかった時期も過ぎて「適応障害治ったかも?」「乗り切ったんだ!」と勘違いしてしまうほどでした。
しかし、心療内科には通い続けており、相変わらず不安剤と睡眠薬を飲む生活を送っていました。
うつ病になったとき
そんな生活を続け、社会人も3~4年目になると後輩ができ、仕事を振る立場になっていきます。
周りの同期は後輩に仕事を教え、所属チームの中でもベテランになっていきます。
わたしは少数の部署にいたため、後輩が入ることはなく、庶務・雑務の担当をすべて行っていました。それに乗っかる3年目~4年目がやるべき仕事、また人柄が良いという理由で新人教育や社内研修の兼務も任されました。
私は「周囲の期待に答えないといけない」「周りの同期はこれくらいやっているのだから私もできなければいけない」「もし後輩がきたら頼れる先輩になりたい」「上司の力になりたい」と思い、仕事に励みました。
これに、今まで蓄積してきたちょっとした辛さや、しんどいことが積もりに積もり、唐突に爆発します。
退勤するときにはなぜか涙が出る、家に帰っても何もやる気が起きない
文字が滑って頭の中に入ってこない、好きだったマンガやアニメ、ゲームもできなければ音楽を聴くことも苦痛
たくさんの「あれ・・・?おかしいな?」ということがあり、挙句の果てには会社の自分の働いているフロアやデスクに居ることが苦痛になり、架空の会議で部屋にこもったり、トイレに逃げ込んで泣いていたりしていました。
正直、このへんの記憶はあまり鮮明ではありません。
常にぼーっとして虚ろな感じになっていました。
このあたりで「うつ病」と診断され、診断書をもらって管理職に相談したところ、休職することになりました。
社内では休職する人が増えていたので、休職を申し出たときから実際に休職に入るまではとても早かったです。(木曜日に相談 → 来週から休職 というスピード感)
とりあえず休職の期間は1ヶ月でしたが、状態は良くならずに結局は半年間休職し、そのまま退職しました。
休職してからは一度も会社には行かず、郵送やメールで済ませました。
お世話になった上司には挨拶もせずに辞めてしまいましたが、それをするほどの余裕もなく、自分を守ることで精一杯でした。
最後に
会社を辞めて数年経ちますが、今になってやっとあのときの状況を人に話せるようになりました。
当時の記憶は「もや」がかかったようにあやふやで、何を言って休職にこぎつけたかはもう覚えていません。
勢いで書いてしまったので、拙いところもあったと思いますが、最後まで読んでくださりありがとうございます。
ここがわかりにくい、ここの詳細を知りたい、などあれば、お気軽にコメントやお問い合わせフォームからお便りをください。
これから、うつ病や適応障害、社会人生活で辛かったこと、不眠症を治そうとして奮闘したこと、なども書いていきたいと思っているので、もしよかったらまた見に来てください。
今、悩んでいる人、苦しんでいる人の心が、少しでも救われたらいいなと思います。
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